ギブ&テイク
ギバー、テイカー、マッチャー
という言葉を耳にする今日この頃。自己中心的な考え方では周囲とうまくいかず、期待されている成果が出ないだけではなく、気持ち良く仕事を進めることができない。
だからと言って、自分のことを二の次三の次と考えて、他者貢献を必要以上に優先させるさせるのも、いい事だとは思いません。
ギブとテイクのバランスが必要。ではどのくらいの感じでバランスを取ることがいいのか。それについて私が考えるところをお伝えいたします。
何のためにギブをするのか?
ギブは自身が他者に与えるもの、テイクは他者が自分に与えてくれるもの。
このように定義した場合、まずは自身が主体的に動く『ギブ』について考えてみます。
ギブ=相手の立場になって考え、実行すること
公私を問わず、日々何らかのタスクを抱え、実行しております。
特に業務においては、
という形で、他者が関わる場合が非常に多いことは想像に難くないでしょう。
そして、いざ実行に向けて取り掛かる前に
報告先の立場になって考える
ということを必ず考えるようにしております。
「この質問に回答するだけだと、報告先の人は追加で質問されるのでは?」
という感じでちょっとだけ想像してみてください。
そうすることで、自身の行動が変わる。その結果、依頼元・報告先の方々にとって、より望ましい回答が得られる。そして、関わるみんながハッピーになる。
何も考えなかった時よりもいい未来がやってくる、そう思ってタスク実行前に考えてみることにしております。
ギブを続けることで得られるもの
「困った時には助けてもらえる(かもしれない)」
まず、これが頭に浮かぶ方が多いと思います。これだけだと「何か打算的な感じがしてちょっとなぁ…」と感じる方もいるでしょう。見返りを求めてしまうと、その瞬間に
という、望んでいない流れに向かってしまいます。自身はギバーだと思っているのに、周りからはテイカーだと思われてしまう。いや、既にテイカーになってしまってます。
では、ギブを続けることで得られるものは何か。それは
だと考えます。
日々の仕事・生活で自己肯定感が上がることが頻繁にある方ならともかく、そうでない方は自身が行動することで自己肯定感が上がる『ギブ』をやらない手はないと思います。
「それって結局は自己満足って話になるんじゃないの?」と考える方もいるでしょう。しかしながら、
と双方にメリットがある話であると考えます。少なくとも他者に迷惑をかける行為ではありません(迷惑をかけている時点でギブではありませんから)。
相手のために何ができるのか考えて実行する、それが双方にとって幸せな結果につながる。これがギブをすることで得られるものになると考えます。
テイクは必要?不要?
日々の生活圏には似たような考えの人が集まってくる。気が付けば周りには同じ思いを持っている人が多いような気がする。
そのような中でひたすらギブを続けるとどうなるのか。それは
ということが起こってしまいます。良かれと思ってやったことが、相手に負担となる。「いつもすみません…」と言わせてしまう、思わせてしまう。これは絶対に避けなければなりません。
では、このような状態を招かないようにするにはどうすればいいのか?それは
ということになります。
どのような状況においても、一方的な関係性はNG。なので、たまには与えてもらうことで、人間関係のバランスを取るように意識しておきたいところです。
ギブ&ギブ&ギブ&テイク くらいがちょうどいい
自己肯定感と他者貢献、与える側も与えられる側にもいい事がもたらされる。それが繰り返された結果としてのギブ&テイク。できることならギブを多めに。
直接的に返ってくることもあれば、巡り巡って全く違う方向から返ってくることもあるでしょう。そして長い人生において是非押さえておきたいことは
ということです。
その場限りの打算的な関わりではなく、長期に渡っていい関係を築いていく。そのためにもギブ&ギブ&ギブ&テイク という気持ちで行動を続けていきたいです。
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